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『砂の女』

砂の女 (新潮文庫)

安部公房著『砂の女』新潮社、2003年。

 

 第14回(1962年度)讀賣文学賞小説賞受賞作。選考委員は、矢鱈に多いので省略。受賞当時、安部公房38歳。新潮文庫の解説は、ドナルド・キーン

──3、4年生の時に何があったのか気になるところですが(笑)。暗くて重い本というところで、“最近ハマった作家”が安部公房というのも納得です。

齋藤 そうなんですよ。最近読んでハマってしまいました。

──ちなみに何を読まれたんですか?

齋藤 『砂の女』を初めて読んで、“なんだこれは?!”と。今まで貫井さんがトップだったんですけど、一瞬で並びました。

https://otocoto.jp/special/honyomi-otome001/2/

というインタビュー記事をたまたま見て、読んだ。中学生くらいのときにかなり序盤で投げ出して以来です。読んでみたら、ビックリするくらい面白かった。なんでこんなに面白いものを放棄したのか今となってはサッパリわからない。はじめから終わりまで、ずっと面白い。砂の穴の底の家で女と主人公「彼」が二人っきりという場面が多いから、だれそうなものだけど、全くそんなことはなくて、ノンストップでハラハラする。一気に読みました。寓話的という感じは、安部公房の作品に共通なんだろうけど、今回は、

世界が、裏返しになって、突起と窪みが、逆さになったのかもしれない。

という一文が、『砂の女』を要約しているんではないかと思ったりもしてみた。こっちからはこう見えるけど、あっちから見たら、こっちもあっちにとってはこうだ。みたいな思考が繰り返される。メタ的な考えが回り続ける。結局、みんな頭おかしいじゃん!!!それは、勿論、読者も含めて。

 というふうに、『砂の女』が何を意味しているか、のように解釈してみるのも楽しいんですけど、『砂の女』が小説であるからには、やはり、意味を解釈することからこぼれ落ちてしまう、描写を一番楽しむべきなんだろうし、実際それくらい面白い。

──ただ、安部公房はファンタジーではないけれど、非現実的な世界を描いてることが多いですよね。

齋藤 確かに現実的ではないんですけど、表現がすごくて、どこかの国ではこれが実際に起こってるんじゃないかと思えちゃうのがすごいなと思いました。

https://otocoto.jp/special/honyomi-otome001/2/

 ほんとうにこの通りでした。ものすごいリアリティ。似たような感じのことを、ドナルド・キーンさんも解説で書いていたように思います。握ろうとしても、そのたびに指の間から流れ落ちてしまうディテール。なんかこれ、砂っぽくない?

 齋藤飛鳥さん、ありがとうございます。